つねにふりだし【 起立性調節障害と不登校 】

起立性調節障害から不登校になった娘との日常

不登校をポジティブにとらえてみた

こんにちはsabi-seijiです。

 

娘が不登校になってからというもの、どうもマイナスの感情に引っ張られることが多くなりました。平素からネガティブな思考が一層ネガティブモードになっています。

 

ということで、少し明るいことを考えよう!今回は、娘が不登校になったことで得られたことをポジティブに考えてみました。

 

不登校に関する知識が増えた

 

不登校の定義から、間違って理解していた義務教育の意味など不登校に関する知識が増えました。これはやはり、家族が当事者にならなければ、真剣に考えることはなかっただろうと思います。

 

 

自分の感情と向き合うきっかけになった

 

以前の私は、子供だろうが扱いは大人と同じ、できないことが当たり前の子供に対しても高すぎる理想を持っている母親でしたから、こちらの感情をコントロールすることなど思いつきもせず、感情ダダ漏れ状態で子育てをしておりました。

 

しかし、未熟な子供相手にそれは酷というものだと学びました。しかも不登校の子どもと接するのは、とにかく気を遣って疲れるし腹も立つ。そんな行き場のない怒りをどうコントロールするかを学びました。

 

いえいえ、「コントロールできるはずだよ」ということを聞きかじっただけです。実力はいまだ伴ってはいませんので悪しからず。心に留めておくだけでも違うかも…と自分を励ましながら練習しているところです。

 

人に対して積極的に関わるようになった

 

どちらかというとASD自閉症スペクトラム障害)やHSC(他人との関わりや外的要因に敏感な人)気質な私は、人と付き合うことが苦手です。にも関わらず、娘が不登校になると、学校の先生をはじめ、病院の先生やカウンセラー、発達支援センターの職員さんなど、様々な人と必然的に関わらなければなりません。

 

娘がやってみたいと言ったことに対しては肯定し、受け入れてみようと、興味を示した料理教室や剣道教室について、条件にあったところを探すために電話をしまくりました。不登校の子どもを持つお母さんと話もしてみました。

 

結果として、人見知りは克服されていませんが、いつになく積極的に行動している自分がいます。

 

 

まとめ 「不登校は悪いことばかりではないよ」

 

と言いたいのですが、娘に対してまだまだ心から肯定できていない自分への虚勢だったりします。「なんでじゃ〜」と思ってしまう毎日の中で、前に進むために「いいこと」に無理矢理ながらも目を向けていきたいと思います。

 

今、娘が不登校をどのように受け取っているかはわかりませんが「今の自分を受け入れて、いつか不登校の経験を人生の糧にできる日が来るといいね。」と母は願っています。

 

「やらせはせん、やらせはせんぞ!不登校ごときに。やらせはせん!」

 

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

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