つねにふりだし【 起立性調節障害と不登校 】

起立性調節障害から不登校になった娘との日常

ひょっとして私、毒親なのかな?

 

私は世に言う「毒親」なのではないか?と思っています。子供がすることを正しいと信じられず、任せることができなくて、あれこれ口をだしては子供を否定しヤル気を奪っていく、あの「毒親」です。

 

しかしながらその自覚はなく「自分のことは自分でできる自立した子供」に育って欲しいと願いながらも、実際には、あれやこれやと批判をし、子供のヤル気と勇気を削いでは、自分の意思で何かを成し遂げることを、ホントに応援できていなかったのでは?と思います。

 

とにかく失敗が多い我が子が「周りの人に迷惑にをかけないように」と目を光らせ。時にはしつこいくらい確認していました。

 

でも子供って失敗しながら成長するもんじゃないの?

 

と頭では理解できてはいるのですが、子供が周りに迷惑をかけることで、自分が責めを負うことの方が怖かったのです。

 

私自身が、仕事の場面において困ることがあり、そのことが影響しているのでしょう。私の仕事のパートナーは物忘れがひどく、持っていく道具や受けた仕事を忘れ、スケジュール管理ができない人でした。そりゃあ人間ですから、多少のミスや失敗はあたりまえです。

 

でも、どう考えても頻度が高すぎるだろ‼︎

あ、力がこもってしまいました…

 

そして、お客様からの苦情を受けるのは、受付を担当している私です。いつも自分のことではないのに頭を下げなければならないのが苦痛になっていました。その仕事上のパートナーとは…

 

娘の父親である夫です!

 

自営業のため、夫は事業主で私は専従者です。そのことでサラリーマンのような厳しさはないため、なんとかできております。(田舎の人のあたたかいこと…)

 

とにかく同じ轍を踏まないように育てなければ、周りの人が困ってしまうという思いから、厳しめに育てていました。実際はイラついていただけなのですが…対処方法を一緒に考える、というところまで考えが及ばず、とにかく怒って叱っていれば、反省して次から気をつけるのでは?と思っていましたが、残念ながら逆効果でした。

 

夫の母親である義母は夫をのびやかに育ててくれたそうです。それはすばらしいことですが、私にはできそうもありませんでした。理由はどうあれ、娘にとっては結果「毒母」になっていたのでしょう。

 

そんな毎日が続き、中学校に入っての生活の変化に対応できなかったのでしょうか、娘のエネルギーは消費される一方で、私からのエネルギー補充も見込めず、ついにガス欠を起こしてしまったのです。

 

そうなって始めて、自分が「毒親」だったのだと気がつきました。理由はどうあれ、結果として娘を追い詰めていたことに変わりはありません。

 

今からでも遅くはないはず!と、できるだけ娘にぎこちない笑顔を向け、ぎこちなく「よく頑張ったね」と声をかけている毎日です。

 

「ホント、子供のやる気を失せさせるのがうまい親だよね。」

 

と、お褒めのお言葉を頂きました…スマソ。

 

今日もめげずに、ぎこちなく褒めていきたいと思います!

 

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